講師コラム

エピソード5

先立って、「十二歳の敗れざる青春へ」に「蛇の生殺し」(エピソード4)を載せたいと川瀬に連絡したところ、彼から丁寧な手紙が届きました。第1章の最後にこの手紙を載せさせていただきます。たかが塾講師の幸せを伝えたかったからです。

安本 満 先生

拝啓 新緑の候、ますます御健勝のこととお喜び申し上げます。
 さて、大変遅くなりましたが、“蛇の生殺し”の原稿を送付します。
 HPに載せる可能性があるとのことでしたので、勝手ながら電子化したもの(CD)も同封させていただきました。と申しますのも、母がこの原稿を作成した当時は、まだパソコンが普及しておらず、古いワードプロセッサを使って作成したものでしたので、電子化されたファイルがありませんでした。そこでこの機会に、僕が原稿を見ながら打ち込み、ワード形式に保存しなおしました。その際、若干、文章の体裁を整えておりますが、話の筋に影響は無いと思います。同封のCDに保存しておりますので、ご活用いただければ幸いです。なお、データー活用のCDは、ご自由にお使いになってください。

 ところで、僕は、来春いよいよ東京で就職し、活動の本拠地を関東に移します。思い起こせば、現在僕のいる九州には、中・高・大+αで計15年間も住んでいたことになります。これまでの人生のうち、半分以上を両親と離れて生活してきました。しかし、遠く離れた両親にはいつも支えられていましたし、その温かい存在を忘れたことはありません。今回、“蛇の生殺し”を自分でパソコンに打ち込みながら、当時はよく分からなかった親の優しさというものを、つくづく感じました。また、受験を戦う小学生に接する安本先生のスタンスを思い出し、当時、カリスマだった先生のブレないポリシーの一端を改めて感じることができたように思います。安本先生に教わる子どもは幸せな奴です。

 また朋友の江連ですが、ここ数年福岡で勤務していましたが、今春から東京に異動になりました。先々月のことですが、まだ福岡にいた江連夫婦を僕の妻と一緒に訪ね、一晩、四人で酒を飲み交わしました。17年前の同じ頃、別々の中学に進むことになった僕らは、まるで昨日のことのように思い出される当時の様子について、僕は江連のことを彼の嫁さんに、江連は僕のことを僕の嫁さんに伝えるようにして、熱く語り合いました。それは、とても幸せなひとときでした。江連本人は、相変わらず、頑張っているところを人に見せず結果だけを残すスタイルを貫きながら、前へ進んでいるようです。

 20年前はまだ生意気で憎たらしい小僧だった僕らも、社会に出て数年がたち、それぞれ結婚し、今年で“三十”になります。中学受験を戦っていた当時、それぞれの偉大な親に支えられ“青春”していた僕らも、いまや一家の主として家庭を持ち、“而立”の年を迎えています。今後は、生涯の伴侶である妻とともに、それぞれの親に感謝しながら、“第二の青春”を追い求めたいと思っています。

 わが青春の師、安本先生の、今後のご活躍を祈念しております。

 最後に、言っても聞いてくださらないのは分かっていますが、言います。
 どうか、お体ご自愛ください。

敬具
平成18年5月1日
川瀬 洋平

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