少年龍馬 本文へジャンプ
何よりも国語−。

龍馬進学研究会主宰 安本満

 ここ十年というもの、社会一般における活字離れが報じられ、特に十代の国語力の低下は真剣に考えるべき社会問題のひとつです。最も重大な問題だと言っていいのかもしれません。国語は将来子どもたちが生きてゆくための唯一の生活材であり、精神材であり、成長材です。国語の貧困な子は、言語によって感動することもなく、言語によって愛を感じることもできない。他人を思いやることなどとうていできません。大袈裟でなく、この国の行く末はごくひと握りの特権階級がすべてを支配し、大多数の人は自分でものごとを判断することもできない国ができあがるのではないかと危惧します。人は言語により、すべてを知り、考えるからです。

 私は小さな進学塾の一国語教師です。この数年来の子どもたちの国語力低下には恐ろしいほどの危機感を感じています。塾内で行われる3年生の国語同一のテストの平均点が毎年10点ずつ落ちているのです。受験する子どものレベルが落ちているのではないかという指摘を受けそうですが、同じテストの算数の平均点はこの数年ほとんど変化していません。実はここに問題が内包しているように思えます。今の子どもたちは算数はやる。ゲームと一緒でパターン認識できるものは特別に複雑なものでもない限り、遊びに近い感覚で取り組もうとする。それに対して鍛えられていない頭脳にとって「読む・書く」という作業は極めて困難を要する作業と言えます。事実、龍馬の入会試験後のアンケートでは、算数の勉強はやったが、国語(特に作文)の練習はほとんどやっていないとの結果が出ています。3,4年前までは国算は反対でした。国語(作文)の練習は「10回以上はやった」が一番多かったのに、今年はとうとう「1回はやった」が一番多く、「全くやらなかった」が二番という結果でした。

 2002年の文科省「ゆとり教育」見直しにより、公教育に不安を感じ出した保護者は私立中学受験に殺到しはじめました。中学受験の決め手は算数です。その結果、勉強イコール算数というのが特化して、パターン認識的勉強がもてはやされる。しかし、そうして進学してきた生徒たちの言葉の貧困さを多くの私立中の先生は嘆いています。今、私立中は何よりも国語のできる生徒が欲しいと心底願っています。そしてもちろん世の中も−。

 かつても算数が得意で国語が苦手という子どもはいっぱいいました(特に男子)。しかし、そのレベルが違います。かつては少なくとも、そこで求められているものが何かは理解し、トライし、できなかった。これは納得ができます。今はそもそも問題が何を求めているのかを読み取ることができない。求められているものがわからないのだから、正解に行き着くわけがありません。これではまず面白いはずがないし、勉強による充実感や感動が得られるわけがありません。だから、パターン化された単純な低学年の算数はできても、高学年の読解力を必要とする算数の問題になるとできなくなってしまいます。

 かつての子どもたちの普通のレベルの国語力があればいいのです。大それたことを考える必要はありません。普通に国語さえできれば、算数も理科も社会も恐れることはありません。なぜなら国語のできない子どもなのに算・理・社が特別できる可能性は現在の我が国では極めて特殊な例でしかないからです。理系に進んだ大学生が文学への造詣が深い人が多いというのはその間の事情を現したものでしょう。理系の子も一人で勉強する時は国語で理解するのであり、一人で勉強する力を持つもののみが実力を身につけていくのです。

 では、どうすれば国語のできる子どもを育てられるのか。よほどの幸運でもない限り公教育には期待できないでしょう。一年生からやる。−ここに行き着きました。国語だけでいい。それだけ身につけておけば後は4年生からでもおつりがくる。

 莫大な借金をして取り組む挑戦です。

 私たちのような小さな塾屋が挑戦するには大それた挑戦です。

 僕の人生は日常に忙殺され、ものごとを先送りばかりしてきたように思います。まずやってみなければ、できないとは言えないはずだ−。世の中のために自分が役立つことがあれば、迷う前にやってみることだと“50歳の青春”を決意しました。


安本満:プロフィール

 元N研国語の超看板講師。1999年4月龍馬を創立。“アンポン節”と呼ばれるカリスマが当時の千葉N研各科トップ講師をひきいて独立。「塾とは先生のことである」と宣言し、進学塾激戦区の津田沼で大手塾の向こうを張り、クチコミだけで有名になる。1学年40名の塾生数でぶっちぎりの合格を出し続けている。


→ 龍馬進学研究会HPへ