僕たちは、
会社ではなく、
本当の塾を創りたかった。
−塾とは本来、先生のことを指す。授業のことを指す。−「この人に学びたくて行く所。」それが塾のたたずまいであると思っています。したがって、我々の言葉よりデータやシステムを必要とされる方は、会員に募集するつもりはありません。そういう塾に行かれるべきです。
国語も算数も理科も社会も。究極的には人生そのものに触れていくために学ぶものです。僕たちの経験では、何を学んだかよりも誰に学んだかの方がはるかに大切だったと思います。同じ勉強をするのなら、先生を選んで、信じてやっていくべきです。
龍馬の授業を直接受けてみて下さい。道化師もいればお人好しもいます。一生モテそうもない奴も。しかし、人を妬んで足を引っぱるような腹わたの腐った人間はひとりもいません。
どうか他塾の授業を見て来て下さい。比べた後に結論を出して下さい。他塾の方がより魅力的であるなら、そちらを選ぶべきです。なぜなら、塾の魂(いのち)は先生であり、授業だからです。 |
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安本 満(アンポン)
mitsuru yasumoto
国 語
龍馬進学研究会主宰
元N研国語の超看板講師。1999年龍馬を創立。“アンポン”節と呼ばれるカリスマが当時の千葉N研各科トップ講師をひきいて独立。「塾とは先生のことである」と宣言し、進学塾激戦区の津田沼で大手塾の向こうを張り、クチコミだけで有名になる。1学年40名の塾生数でぶっちぎりの合格を出し続けている。 |

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江口 隆弘
takahiro eguchi
算 数
「アンポンに魅かれ、龍馬に入り、江口を知って龍馬を卒業する」と言われる。基礎・基本からの丁寧で粘り強い指導で、算数ができない塾生がいなくなるとまで評される。親しみやすい人柄は生徒・保護者からの絶大なる人気をえている。 |
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中村 健
ken nakamura
算 数
ピュアリス龍馬(千葉)塾長
その算数の切れ味は“天才”と称され、どんな問題もアッという間に易しく解いてしまう。二十代にしてN研の算数主任となる。盟友であり、先輩であるアンポンとの“絆”は夢の合体となって実現。 |
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赤尾 知佐子
chisako akao
少年龍馬館長
「アンポンと同じ血が流れている実の娘」と称される。N研女子職員のリーダー時代から非凡な才能を認められ、龍馬の常識はずれと言われる型破りの戦略のすべてを企画・実行する司令塔的存在。子どもたちは彼女のことを「隊長」と呼ぶ |
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三渕 衡一
kouici mibuchi
龍馬顧問
NHK報道記者、N研教務部長、広報部長を経て取締役に。現在のN研の基礎をすべて築いた。勝手にN研を退職し、啓明舎社長を経て、中学受験情報誌を主幹する。引退後、アンポンの“御意見番”として龍馬顧問に就任。業界の大物としてその辛辣な毒舌はファンが多い。 |
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光武 徹平
teppei mitsutake
光武龍馬(松戸)塾長
昨年春松戸に光武龍馬を開講、龍馬に参画。1975年N研入社。以来、東京本部長・千葉本部長を歴任し、東京・千葉の主要教室ほとんどすべてを開校。N研千葉の第一人者であり、カリスマ・アンポンとの握手は塾業界注目の的である。 |
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五味 大輔
daisuke gomi
理 科
'07年龍馬に登場。'06年度まで大手N研きっての理科エース講師で、自教室以外にも開成・桜蔭などの最上位生コースを担当する。最終年度もN研千葉区最高の実績を残して龍馬に参画。その“魅惑のヘリウムボイス”が早くも多くの保護者・生徒の支持を受けている。 |
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遠藤 久
hisashi endou
社 会
龍馬の弱点と言われた社会に待望の大物登場。元N研社会科の最高給トップ講師。アンポンとは高田馬場以来10年ぶりのチーム編成。その顔から“エビスの遠藤”と親しまれるが、独特の社会科教育論と人生辻説法は必見。 |
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篠崎 汎史
hirofumi shinozaki
ER本部長
大手進学塾N研算数科を定年退職。アンポンに「是非」と乞われ、「授業は勘弁してよ」といいながら土曜日の個別質問対応(ER本部長)を引き受けてくれる。アンポンの心優しき理解者。 |
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